今日は在京玉高会(関東支部)の総会懇親会です。
今日の会長としての挨拶文です。
実際は全く違う内容を話すことになりますが。
『皆さま、こんにちは。
本日は、このように盛大な在京玉高会総会にお招きいただき、誠にありがとうございます。
また、この素晴らしい会を開催されましたことに、心よりお祝い申し上げます。
さらに、会報誌に掲載されていた繰越金がプラスとなったとのこと、これも大変喜ばしいニュースですね。私が会長に就任した当初からの願いが形となり、大変嬉しく思います。
さて、冒頭からお願いとなりますが、在京玉高会の皆さまには、ぜひ目的寄付金のとりまとめにご協力いただければ幸いです。
現在、学校では生徒たちが学業や部活動に全力で取り組んでいますが、古い楽器の修理や最新の放送機器の購入、野球グラウンドの防護ネット設置、水捌けの悪いフィールドの整備など、数百万円規模の資金が必要とされています。
昨年、本部で目的寄付金をお願いした際には、個人で200万円ものご支援をいただきました。
これはたまたまのことです。金額の大小ではありません。目的を共有し、少しずつでも支援を続けることが大切だと考えています。
さらに、在京玉高会の皆さまのご尽力で積み上げられた資金が、将来的には大きなプロジェクトの支援へとつながることを願っています。
例えば、自動運転バスの導入といった未来志向の取り組みも、いつか実現できれば素晴らしいですね。(ただし、バスは現在運転手の問題で普及が難しいとのことですが、夢は大きく持ちたいものです。)
振り返りますと、この1年はまさに「波乱の年」でした。
年明け早々から驚きの出来事が続き、選挙の年としても印象深いものでした。
都知事選、参院選、大統領選、そして兵庫県知事選と、全国各地で多くの変化がありました。
我が家では「石丸旋風」が巻き起こり、家族全員が盛り上がる一方、兵庫県知事選では嫁さんがYouTubeで候補者に熱中するなど、激動の1年を象徴する出来事でした。
そんな激動の時代において、私たち同窓会も変化を求められています。
現状の郵送や印刷を主体とした仕組みは、時代の流れに取り残されつつあります。
そこで、SNSやデジタル技術を活用した新しい形への移行が急務です。
在京玉高会の皆さまが中心となり、気軽な情報発信や交流を始めていただければと思います。それを一つにまとめ、全国の同窓生がつながるプラットフォームを目指したいと考えています。
私自身、微力ながらYouTubeに40件の動画をアップロードし、情報発信の一歩を踏み出しています。「念ずれば花ひらく」という坂村真民先輩の言葉を胸に、共に挑戦してまいりましょう。
さて、私にとってこの同窓会会長職はラストイヤーとなりますが、引き続き皆さまと共に、同窓会をさらに盛り上げていければと願っています。
最後になりますが、在京玉高会の皆さま、本日ご参加の皆さまのご健康とご活躍を祈念し、挨拶とさせていただきます。
本日は誠にありがとうございました。』
為末大氏のコメントが心に響きます。
先日の 宮田笙子選手の五輪辞退のことが世の中で騒がれています。
いろんな人がそれぞれの立場で真逆のことを述べられていますが、
為末大氏の経験に基づく言葉が私にはずしんときました。
そのネットからの全文をアップします。
「私は十代で馬鹿げたことをたくさんした」為末大氏が19歳・宮田笙子の五輪辞退に実体験を交えて私見「十代は失敗をし、学ぶ世代」
陸上男子400メートル障害で世界選手権で二度の銅メダルを獲得した為末大氏が7月20日、自身のX(旧ツイッター)を更新。体操女子日本代表の宮田笙子が代表行動規範に違反し、パリ五輪出場を辞退した件を受けて、長文の投稿で私見を述べ、「協会としても出場できる道を探って欲しいです」と訴えた。
為末氏は、三つの観点から「十代の子供たちが問題を起こした時に、叱りながら、愛を持って支える社会を作っていくべき」と主張。「ルールの運用は機械的でない方がいい」「十代の脳は大人とは違う」「個人的な体験から人は変われる」という側面から持論を展開した。
為末氏は三つ目の個人的な体験として、大学時代にスランプになった時期を回顧。「ストレスから、金髪ピアスにしたり、(当時は珍しかった!)、素行も悪く、陸上界の爪弾きものでした。もう為末は終わったなと、あちこちでよく聞きました。自分で振り返っても、当時はやさぐれていたと思います」と赤裸々に告白。そんな時に当時の日本代表の短距離部長だった高野進氏が、「彼はもう厳しいのか」と質問してきたメディアに対し、「何言ってるの。あいつがあそこで終わるわけないでしょ」と擁護してくれたという。為末氏は「私はその日、部屋で号泣しました。このまま終わっていいのかと。今も立派な大人ではありませんが、そこで私は変わったと思います」と振り返った。
「十代は失敗をし、学ぶ世代」とも指摘する同氏はさらに、「私は十代で馬鹿げたことをたくさんしました。けれども周りの大人が支えてくれ、変われたと思います」と力説。続けて「十代は不安定です。馬鹿げたこともするし、先も見えていない。でも、大人は皆十代の時期を過ごしてきました。子供たちの問題にフォーカスするより、可能性を信じる社会の方が私は良いと思っています」と意見を述べた。
為末氏は前日の19日にも、「問題だったとは思いますが、代表権を奪うほどではないと思います。どうか冷静な判断をお願いします」と今回の喫煙疑惑について見解を述べていた。
構成●THE DIGEST編集部
玉名高校令和6年3月1日卒業式に先んじての挨拶
🔴明日卒業してからの50年、思いっきり楽しんでください!
同窓会会長の岡田です!
僕は53年前に玉高卒業して今年71歳ですよ。
みんなも安心して!50年経ったら髪の毛は白くなるし僕と変わらない風貌になるからね。
最初に皆さんに言いたいこと、冒頭叫びました
「これからの50年間を思い切り楽しんでください!」
約60年前第1回目の東京オリンピックがありました。その頃のオリンピック選手は、みんな、例えばバレーボール選手たちは
「日本のためにがんばります」
と悲壮な覚悟で戦っていました。
そのあとは、時代が過ぎていくとともに
「監督のために」
「仲間のために」
「家族のために」
と、変わっていきました。
そして最近では、オリンピックでも、メジャーリーグの大谷翔平選手もダルビッシュ選手もみな、
「楽しみます」
に変わりましたね。
海外のスポーツ競技を送り出す監督の言葉もほぼ
「楽しんでこいや」ですね。
そう「みなさんこれから50年しっかり楽しんで生きていってください」
🔴3つほどその楽しみのコツを提案します。
🔴1つ目は自分が何がやりたいのか向いているのかやりたい方向はどっちなのか30歳前までの10年間でぜひ見つけてください、ということです。
何だったら思いっきり50年かけて楽しめるのか、そしてそれは一生かけてやり続けることは、仕事なのか、研究なのか、スポーツなのか、芸術なのか、映画監督なのかそれを見つけることですね。
映画監督と言ったのは2つ上の玉高出身の柳明日菜さんのこと。
大学行って、就職とかして、夢が膨らむ人、あるいは挫折して転職したりして回り道する人、人それぞれですが、
10年経って30歳前にくらいにはだいたい見つかっていると思います。
全力でこの10年で自分探しをしてください。
この一つ目を乗り切るコツは23歳くらいまでの大学生時代を失敗を恐れず、何事にもめいっぱいチャレンジすることです。
僕の場合はサッカー部顧問の先生の教えに従い、スペインに8ヶ月留学してスペイン大好き人間になったことです。
特技や、趣味を活かすこともいいですね。
廣瀬校長は剣道の達人であり、多分これまでの教師としての活動の中にたくさん活用されていると思います。
僕の同級生の堤寿明くんもその剣道のおかげで「ブラジルのサムライ」として有名です。
🔴2つ目は時代の変化を存分に満喫して過ごすということです。
僕が生まれた頃は個人宅にはテレビがなくて
人気のあったプロレス中継とかはテレビのあるお家の軒先の窓ガラスを開けて、近所の人が10数人外から立ち見をしていたのですよ。
冷蔵庫がなくて、金属の箱の中に氷を入れた箱を冷蔵庫といってのです。
以前は個人宅に固定電話もなくて
お隣さんに呼んでもらっていた。
僕の奥さんは同級生なのですが、高校生現役の頃、帰宅後その彼女と電話したい時には、本人の家には電話がなかったので、隣の家の見ず知らずの人のうちに電話して良いという取り決めだったので、
「もしもし、岡田というものですが、お隣の道の向こう側のトモダ久美子さんを呼んでいただいてよろしいですか」
とかのお願いをして、電話での会話をしていました。
よ今考えたらめちゃくちゃ迷惑な話しですよね。
今じゃスマホ、LINEですぐに世界中の人と連絡できる。これってすごいこと。その当時は超能力者者がいてテレパシーという能力者は誰とでも脳内で会話できるたのだとか。
この50年の変化はすごかった。そういう意味では、スマホは超能力の機械ですね。パソコンもそうです。
でもこれからの50年間はもっとすごいことになる。
2つめのまとめ、これからはまずAIを自分のものにすることてから始まるのかなと思います。
🔴3つ目は趣味を仕事にできるいい時代であることを利用しよう!
バトルダンス
スケボー
サーフボード
スノボー
ゲーマー
ドローン
クライミング
BMX
これって昔は遊び、今は競技、プロの職業として成り立っている
こんなすごい50年間の変化はみなさんにとってもものすごく楽しいはず。
🔴今から50年後は僕は体験できないけど、みなさんは確実に体験できるよね。、宇宙への進出もそのひとつかな。
僕の大好きな、スターウォーズ、スタートレックの時代きてるよね。
最後に同窓会のことを少しお伝えしておきます。
同窓会は全国に約3万人の卒業生を組織する会です。
皆さん方の現役時代は部活動奨励金や、できる限りの皆さんへの支援をしてきました。
そしてこれからも皆さん方にずーっと寄り添いいます。
まずは2年後の成人同期会で会えますね。
その後5年または10年ごとに同期会を企画していただく予定です。
また、同窓会支部として東京、関西、福岡、熊本全国に12の支部があります。生活や住居のこととか就職のこととか、なんでも相談してください。寄り添っていますからね。
そのことに関して皆さんの連絡先を記入する書類を今日お配りします。
ぜひ今後確実に連絡可能な住居を時間のある時に記入お願いします。
それではほんとに最後になります。
明日からの50年間しっかり楽しんでくださいね〜
20231230玉名ホテルしらさぎにて、玉高第64回卒業同期会における挨拶
64回卒同期会にお招きいただきありがとうございます。今日という日をとても楽しみにしていました。まずは御礼申し上げます。
第64回卒業といえば、僕が24回だから40歳の差、70歳だから、今年30歳という事ですね。
その30歳っていうのは、人生の中で1番気力と体力がみなぎっている時ではないでしょうか。
今日はその点に関してお話しして挨拶にかえさせていただきたいと思います。
結論からさきに申します。3つのことを申し上げます。
1つめ
自分の好きな場所で、自分の好きな事を仕事にして、家庭に、趣味に、音楽にスポーツに精一杯のびのびチャレンジしてください。
2つめ
お友達をたくさん作って、大事にしてくださいね。
30歳から40歳というのは、人生の中である意味大きな転換点です。
ほんとに大きく変わります。
この頃の年代はそろそろ両親も歳をとってきて、病気がちになったり、介護が必要になったり、皆さんが今後の生活をどこに基盤を持っていくのか、現住所なのか熊本なのかそういう分岐点ですよね。
僕のことで言えば熊本に戻ってきて、両親を近くに置いてその中で自分のやりたい事業を熊本市内で始めるという選択をしました。
それからの35年間は自分のやりたいことを一生懸命やってきました。
そして35年後に熊本大震災っていうのがあって、そこですべての事業を整理して今に至っています。
年上だとつい説教じみたことをあるいは自分の自慢話をしたくなりますけども、皆さんがたにいくつかアドバイスをするとすれば、自分が1番一緒に過ごしたい人と、1番生活したいところで、自分の1番やりたい事を仕事として見つけると言うことが1番幸せなのかなと思います。
これから皆さん方は60歳になるまではチャレンジャーでいいと思います
60歳になったら多分普通の会社で言えば、役職定年であるとか、あるいは個人事業あるいは法人を運営していると世代交代と言うことになってきます。
それまではぜひ毎日一所懸命に頑張って楽しい毎日を送ってください。
きっと楽しく過ごしていけます。
友達っていうのはその年代によって、高校の時は高校の友達大学の時は、大学のお友達会社に入れば、会社の同僚がお友達ですよね。
そしてその60歳が近ずくと高校同窓会っていうのが出てくるわけです。
僕の場合には、同期会の同窓会活動を通じて、同期のそれまで同じクラスになったことのない人たちとたくさん知り合いました。大学のお友達もいますが、本当の意味での地元でのお友達っていうのは、高校の同期の中から出てくるのではないでしょうか。
実は僕は一生懸命同窓会会長として精一杯やっていますけども、以前は全く同窓会というものを知りませんでした。20代30代のときには同窓会とか全く知らなくてほとんど年会費も支払ってなかったですね。ところが40歳になってくると時々同期会同窓会が気になる。そして50歳になると非常に自分の身近なものになってくる。そして子育て後の60歳になって生活がだんだんシンプルになってくればくるほど、昔の同窓生と会う時期が多くなってくるわけです。
それまでは皆さんほんとあと25年ぐらいはバリバリ仕事に精出して、その分野でのお友達を増やしてくださいね。そしてその頃に、高校の時の友達が1番だと言うことに気づくはずです。
そうです、そのことが3つめです。
とにかく同期会をやってください。できれば10年に1度はやっていただきたいもので、中には5年ごとに必ずやっている同期会もあります。ぜひお願いします。
まとめにはいりますね。
玉名高校同窓会の会長として私はこれまで5年間頑張ってきましたけども、同窓生の方々に、まだまだ寄り添うことができていません。今後同窓会のやるべき事は毎年全国全世界の同窓生の人たちと接点を持つことだと思っています。
まずは印刷物からそしてネットであるいは同窓生同士の異業種交流会とかですね。
その大事なポイントの接点は同期会です。そういうスタンスでこれからも同窓会運営をしていきたいと思っています。
大谷翔平くんは、スポーツの世界で僕たちに希望を見せてもらっています。
僕の周りでは、子供たちや孫ちゃんたちが大暴れする中でやはり近い将来の希望を見つけられて、とても幸せな生活を日々感じています。
そして僕の中で今とても大切なものは、同窓生の皆さんです。こうやって皆さん方とお会いできて、いつも未来を感じます。希望の光が見えてきます。
先ほども言いましたけども、60歳を過ぎた頃から同窓生、同級生、先輩、後輩とのお付き合いがとても大事にしかも深くなってくると思います。
ですから、皆さんが一生懸命自分たちの仕事に誇りを持って、自分の趣味、娯楽、スポーツ、芸術、自分のやりたいことをなんでもやって、そして自分たちの子供や孫ちゃんたちにもやりたいことをやらせ、新しい世界を作っていくっていうのが時代から時代へとのバトンタッチだと思います。
そういう意味では、同窓生を中心にした友達つながりを大事にしていけるような環境を作るのが我々玉名高校同窓会の役目だと思っています。
まだまだ足りないことばっかりですけども、僕としては今後もずーっと皆様方とつながっていきたいと思っていますので、これから先も、そんな絆を持っていきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
本日ご参集の皆様、先生方、ご家族の方々のご健康とご多幸を祈念いたしまして挨拶にかえさせていただきます。
本日はありがとうございました。
2024年月3日、玉名ホテルしらさぎにて、第74回卒成人同期会にて、同窓会長としての挨拶
74回卒同期会にお招きいただきありがとうございます。
今日という日をとても楽しみにしていました。
まずは御礼申し上げます。
第74回卒業といえば、僕が24回だから50歳の差、今年4月以降21歳という事ですね。
その21歳っていうのは、人生の中で1番楽しい時ではないでしょうか。
今日はその点に関してお話しして挨拶にかえさせていただきたいと思います。
結論からさきに申します。
1つめ
いずれ訪れるいい人生っていうのは、自分の好きな場所で、自分の好きな事を仕事にして、家庭に、趣味に、音楽にスポーツにせいいっぱいのびのびチャレンジできることだと思います。
今は全く将来どうなるかわからない年代だと思うのだけれども、自分は何に興味があるのか、何が好きなのかを見つける時でしょうね。
2つめ
お友達を大事にしてくださいね。
20歳から25歳というのは、人生の中で、学生から社会人へ、就職あり、転職ありと、ある意味転換点です。
環境が大きく変わります。
そこでの新たな人との出会いが皆さんの運命を変えて行きます。
ぜひ新しい世の中が現れてくるのを楽しんでください。
その大事なポイントは、高校のこの同期会が一生付き合える友だということです。その接点は同期会です。そういう同期会をよりたくさん開けるようにこれからも同窓会運営をしていきたいと思っています。
大谷翔平くんは、スポーツの世界で僕たちに希望見せてもらっています。
僕の周りでは、子供たちや孫ちゃんたちが大暴れする中でやはり近い将来の希望を見つけられて、とても幸せな生活を日々感じています。
そして僕の中で今とても大切なものは、皆さん方同窓生です。こうやって皆さん方とお会いできて、いつも未来を感じます。希望の光が見えてきます。
皆さん、人生って1度しか経験できないもの、ぜひ精一杯チャレンジして思いっきり楽しみまくってくださいね。
最後に本日出席された皆様、先生方、ご家族の方々の末長いご健康とご多幸を祈念いたしまして挨拶にかえさせていただきます。
本日はありがとうございました。
2024年1月2日、玉名司ロイヤルホテルにて、玉高第53回卒同期会における挨拶
本日は53回卒同期会にお招きいただきありがとうございます。
今日という日をとても楽しみにしていました。まずは御礼申し上げます。
被害に遭われた方お亡くなりになった方々には深く哀悼の意をささげます。
どのテレビチャンネルも緊急速報だけで、午後8時には寝ちゃいました。
こんなお正月は初めてでした。
昔結婚式で言い尽くされた、人生には3つの坂がある。上り坂、下り坂、そして、まさか。
今年はこきっとこんなビックリ事の連続かもせれませんね。
間違っても真っ逆さまにならないようにしてください。
第53回卒業といえば、僕が24回だから29歳の差、今年71歳だから、皆さんは今年42歳という事ですね。
その42歳っていうのは、人生の中で社会的地位と気力と体力がバランスよくみなぎっている時ではないでしょうか。
今日はその年代に関してお話しして挨拶にかえさせていただきたいと思います。
結論からさきに申します。3つのことをもうしあげます。
1つめは
自分の好きな場所で、自分の好きな人たちと、好きな事を仕事にして、家庭に、趣味に、音楽にスポーツにせいいっぱいのびのびチャレンジしてください。
多分30歳代で多分そういう環境を皆さん作っておられると思いますが、40歳代はラストチャンスです。
ぜひチャレンジしてください。
2つめは
お友達を大事にしてくださいね。
というのは、人との出会いが運命を変えてしまいます。
これから皆様方が迎える40歳代後半というのは、人生の中である意味中間点です。
先ほども申しましたが、大事な転換点です。
50歳になる前にぜひその辺のところにチャレンジをしてください。
その先に待っているのは、次の分岐点は60歳です。
60歳が近ずくと約束、定年とか事実上の定年退職とか新しい運命が待っています。
実はその時に同窓会と言うのが身近になってくるわけです。
本当の意味での地元でのお友達っていうのは、高校の同期の中から出てくるのではないでしょうか。
そこで3つめです。
そのためには同期会をたくさんやってください。できれば10年に1度はやっていただきたいもので、中には5年ごとに必ずやっている同期会もあります。ぜひお願いします。
その大事なポイントの接点は同期会です。そういうスタンスでこれからも同窓会運営をしていきたいと思っています。
ですから、皆さんが一生懸命自分たちの仕事に誇りを持って、自分の趣味、娯楽、スポーツ、芸術、自分のやりたいことをなんでもやって、そして自分たちの子供や孫ちゃんたちにもやりたいことをやらせ、新しい世界を作っていくっていうのが時代から時代へとのバトンタッチだと思います。
そういう意味では、同窓生を中心にした友達つながりを大事にしていけるような環境を作るのが我々玉名高校同窓会の役目だと思っています。
まだまだ足りないことばっかりですけども、僕としては今後もずーっと皆様方とつながっていきたいと思っていますので、これから先も、固い絆を持っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
本日ご出席の皆様、先生方、ご家族の方々のご健康とご多幸を祈念いたしまして挨拶にかえさせていただきます。
本日はありがとうございました。